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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2038号 判決

原告(反訴被告)

三浦淳一

被告(反訴原告)

岩下準二

被告

清有吾

ほか一名

主文

一  原告の被告らに対する別紙目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  被告岩下準二の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴について生じた部分は被告らの負担とし、反訴について生じた部分は被告岩下準二の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

主文一項同旨

二  反訴

原告は、被告岩下準二(以下「被告岩下」という。)に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成元年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本訴は、原告が別紙目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務の存在しないことを理由に被告らに対し債務不存在確認請求をする事案であり、反訴は、被告岩下が右交通事故の発生を理由に原告に対し民法七〇九条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

別紙目録記載の交通事故(ただし、原告車と被告車との衝突の点は除く。)

二  争点

1  原告の主張

(一) 両車両は衝突しておらず、仮に衝突したとしても、被告車の加速移動距離は五〇センチメートル以下であり、原告車の衝突時の速度は時速五キロメートルであつたから、被告らに鞭打ち損傷等が発生する道理がない。被告ら主張の傷害は次のような事情による。すなわち、

被告岩下の頭部の疼痛、両手のしびれは、本件事故前である平成元年五月二日衝突事故(以下「前回事故」という。)により負つた頸部挫傷等に原因するものか、あるいは同被告の加齢性の頸部脊椎症によるものである。

被告清有吾(以下「被告清」という。)は、本件事故前の鎖骨々折により通院中であつたもので、同被告に頸部痛等の傷害があるとしても、右骨折によるものである。

被告森田英彦(以下「被告森田」という。)は、本件事故により負傷していない。

(二) 本件事故についての原告の過失は否認する。

(三) 被告ら主張の損害額は争う。

2  被告岩下の主張

(一) 被告岩下は、本件事故により頭部外傷、頸部挫傷の傷害を負い、平成二年三月二七日ころ症状が固定し、その後遺障害として頸部の疼痛、手のしびれが残つたが、右は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する。

(二) 被告岩下は、前記傷害により、次の損害を被つた。

(1) 治療費 一三万二九〇〇円

(2) 通院交通費 八万八〇〇〇円

(3) 休業損害 一三一万八六二四円

休業期間は九八日、収入は昭和六三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計三五歳から三九歳の四九一万一二〇〇円を基礎として算定。

(4) 逸失利益 四五万七一〇三円

前記収入を基礎に、労働能力喪失率五パーセント、喪失期間を二年として算定。

(5) 慰謝料 一二九万円

(6) 弁護士費用 三〇万円

(7) 損害の填補(国民健康保険より) 七万一七六〇円

(8) 残額 三五一万四八六七円

右金額のうち二〇〇万円を請求する。

3  被告森田は、本件事故により右膝部打撲傷の傷害を負い、診療費等として四万二〇八〇円を要した。

4  被告岩下、同森田の主張

原告は、後退進行するに当たり、後方の安全を確認すべき注意義務を怠つたため、本件事故が発生した。

第三争点に対する判断

一  本件事故の発生及び責任原因

1  甲二の六ないし八・一〇・一一、証人松岡雄二、原告本人(ただし、後記採用しない部分を除く。)、被告森田本人(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、東方から本件交差点に差しかかり、停止線で一時停止したが、ハンドルを少し右へ切つた状態で左右の見とおしのきく位置まで前進し、左右の安全を確認した後、右折進行するため右へハンドルを切りながら発進したところ、一メートル位進行したときエンジンが停止してしまい、しかも右方から車両が進行してきたので、後方の安全を確認することもなく、時速五キロメートル位の速度で慌てて原告車を後退させたため、二メートル位後方に停止していた後続車両である被告車の左前部に原告車の右後部を衝突させた。

(二) 被告森田は、被告車を運転し、原告車に引続き右交差点は右折進行すべく、停止線の手前で一時停止していたところ、原告車が後退して来たので、クラクシヨンを鳴らして警告したが、前記の如く衝突された。

以上の事実が認められ、原告・被告森田各本人中、右認定に反する部分は採用できない(右認定の原告車のハンドル操作に照らせば、両車が右認定の如き部位で衝突する可能性はあると考える。)。

2  右認定の事実によれば、本件事故は、原告の後方安全不確認の過失により発生したものであることは明らかである。したがつて、原告は、民法七〇九条により本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。

二  被告らの負傷の有無

1  甲二の一二、甲三の一ないし三、甲五の一ないし七、甲一〇の一ないし三、甲一二の一ないし五、乙一ないし三及び被告森田本人によれば、被告岩下は、本件事故日の二日後である平成元年七月三日から同二年三月二四日までの間(実通院日数二〇日)、頭部外傷、頸部挫傷の診断名でおりど病院に通院して治療を受け、平成二年三月二七日症状固定し、頸部痛、両手のしびれ等の後遺障害が残存すること、被告清は、同じく平成元年七月三日及び同月六日の二日、頭部外傷、頸部挫傷の診断名でおりど病院に通院して治療を受けたこと、被告森田は、同じく平成元年七月三日から同月二四日までの間(実通院日数七日)、右膝部打撲傷の診断名で雨宮外科病院に通院して治療を受けたことが認められ、右事実からすれば、被告らが本件事故によつてその主張に係る傷害を負つたものと認めることができそうである。

2  しかしながら、被告らが本件事故によつて傷害を負つたことについては、次のとおり疑問が存するといわざるをえない。

(一) 先ず、本件事故の態様をみるに、甲二の六、甲六の一、甲八の一・二、証人三浦悌子、原告・被告森田各本人によれば、前示の如く本件事故の際の被告車への衝突速度は時速五キロメートル程度と認められるところ、右衝突による被告車の移動はほとんどなかつたこと、本件事故により被告車のフロントバンパー左前部に右衝突の痕跡と認められる直径三センチメートル程度の擦過痕があつたが、原告車のリヤーバンパーには衝突痕と思しき痕跡は発見できなかつたこと(もつとも、原告車のリヤーバンパーは衝突吸収バンパーと認められる。)、被告車のフロントバンパーの取替えには三万四二〇〇円を要するとされているが、右衝突痕の程度から見て、そのような修理が必要であるとは認め難いこと、衝突時の衝撃について、被告森田は「ゆつくりバツクして来てこつんという感じで衝突した。そんなにシヨツクを感じなかつた。」旨供述し、原告車に同乗の証人三浦においては「衝突の衝撃感は全然なかつた。」と証言していること、以上の事実が認められる。

右認定の事実に照らせば、本件衝突の際の原告車の速度は時速五キロメートル程度であつたうえに、衝突の衝撃も極めて小さかつたことが認められ、この程度の衝突速度及び衝撃では、通常、被告車の乗員の身体に傷害を生じさせることはないものと認められる。

(二) 他方、甲四の一ないし九、甲五の六、甲一一の一ないし九、甲一二の四、甲一三の二によれば、被告岩下は、本件事故直前である平成元年五月二日の前回事故により頸部挫傷等の傷害を負い、同月七日から同年六月二〇日まで安井外科に入院し、同月二二日からおりど病院に通院中であり、本件事故時は同病院からの帰途であつたが、同被告には第五・第六・第七頸椎間に経年性変化による骨棘形成がありかつ椎間狭少化が認められること、また、弁論の全趣旨によれば、被告清は、本件事故前に鎖骨々折の傷害を負い、本件事故当時おりど病院に通院中であつたことが認められる。

さらに、被告森田の傷害については、被告森田本人によれば、同被告は、「原告車が衝突すると思い身構えた。」「衝突の際の衝撃の程度は、上半身は少し前へ動き、足も前に動いた位いである。シートベルトはしていなかつた。」旨述べているが、右供述によるも、ハンドル軸の中間に付けられているエンジンキーに右足がどのように衝突した結果、その主張のような傷害を負つたのかが理解し難い部分があり、同被告の傷害の発生状況についての供述はたやすく採用できない。

右認定の事実に照らせば、被告岩下の傷害は前回事故によるものである可能性が高く、被告清の傷害は本件事故前の骨折によるものである可能性が高く、被告森田も本件事故によつてその主張の傷害を負つたと認めることについては合理的な疑問が存するといわざるをえない。

3  そうすると、前記1の事実があるからといつて、直ちに本件事故によつて被告らが傷害を負つたと認めることはできず、他に右負傷の事実を認めるに足りる証拠はない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告岩下の反訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却する。

(裁判官 寺本榮一)

目録

一 日時 平成元年七月一日午後〇時四〇分ころ

二 場所 愛知郡日進町大字折戸字中屋敷六九番地の三先丁字形交差点(別紙図面参照)

三 原告車 原告運転の普通乗用自動車(名古屋五二に三二一六)

四 被告車 被告森田英彦運転、被告岩下準二、同清有吾同乗の普通乗用自動車(名古屋五五え五八四三)

五 態様 原告車が、前記交差点で一時停止後発進して右折しようとしたところ、エンジンが停止してしまい、右方向から車両が進行して来たので、再度エンジンをかけあわてて後退し、前記図面停止線付近に一時停止中の被告車と衝突するに至つたというもの。

別紙 図面

〈省略〉

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